2024年正月、還暦を祝う中学校の同窓会が開かれた。私は高校卒業まで中部地方のとある地方都市に住んでいた。同窓会は地元のホテルの宴会場で開かれた。実に45年ぶりの再会である。中学三年生全体での開催となったが当時は一学年7クラスあった。ひとクラス約30名としても210名以上。半分しか来なかったとしても100名以上の大宴会だ。
会場に着いてみると立派な宴会場に円卓が並び正面舞台には大きなスクリーンに母校が映し出されていた。2025年から中高一貫校になるため私たちの学び舎は取り壊される。新しい校舎ができるまで在校生は仮校舎での学習となる。ドローン撮影された旧校舎は4棟あり全棟が渡り廊下でつながっている。広大な敷地に運動場・体育館・プール・テニスコートなどの施設が見える。真上から母校を見たことがなかったから新鮮だ。
乾杯の後、旧姓の名札と過ぎし日の面影を頼りに親しかった人を卓から卓へ探して回る。ひとしきり旧交を暖めて席に戻ると同じクラスの男子生徒だったH君が話しかけてきた。H君は地元で一番の進学校に合格し早稲田大学の文学部を卒業した秀才だ。
「俺、ねむり姫に謝らなければならないことがあるんだ。」
45年ぶりに再会して謝られるような記憶はひとつもなかったので私は首を傾げた。
「高校生のとき暑中見舞いと年賀状を毎年送ってくれてたよね。」
私は葉書き魔だったのだ。よく言えば筆まめだが年賀状を寄こす人には暑中見舞いも送っていた。
「高校三年生の夏休みの宿題に『俳句』があったんだ。面倒くさいと思って悪気はなかったんだけど、ねむり姫の暑中見舞いに俳句が書いてあったから、それをそのまま書き写して提出してしまったんだ。」
盗作じゃん!しかし私は俳句など書いた覚えがない。すると彼は上着の内ポケットから一枚の古びて黄色くなった葉書きを取り出して見せてくれた。確かに私の筆跡だ。しかし内容まで記憶にはなかった。
「夏休み明け最初の現代国語の授業で先生がその句を模造紙にわざわざ筆書きして黒板に貼り出したんだ。『今回の宿題で一番出来の良い俳句だ。H君、前に出てきて自分の句を説明してくれ。』って先生に言われてびっくりしたのなんの。急に足がガクガク震えだしてさ。でもクラスのみんなの前で盗作だなんて言えなくて、もじもじしていたら『なんだ恥ずかしがることはないだろう。じゃあ先生から説明しよう。』そう言って解説し始めたんだ。生きた心地がしなかったよ。あとで職員室に行って本当のことを話そうと思ったんだけど時すでに遅し、現代国語の先生は県のコンクールに応募してしまったんだ。おまけに佳作に選ばれて●●新聞にその句が載ってしまってね。悪いことはできないもんだと思ったよ。」
全然知らない話だった。
「話の続きがあるんだ。大学を卒業したあと新聞記者になりたくて東京の有名新聞社の採用試験を片っ端から受けたんだけど全部落ちたんだ。最後に地方紙の●●新聞を受験したんだけど面接で志望動機を訊かれた際、咄嗟に『高校生の時に貴社の新聞に自分の俳句を載せていただいたこたがあります。新聞とは事件記事だけではなく、こういった文化振興の役割もあるのだと思い、云々...』とかなんとか言ったら受かってしまってね。研修後文芸部に配属されたんだ。」
そんなことがあり得るのか。
「それからが大変だったよ。とにかく俳句も短歌も川柳も違いがよくわかってないぐらい無知だったからね。猛勉強したよ。俳句にしたって奥が深い。教養が無いと作れるもんじゃない。それから色々配属先は変わったけれど去年無事定年を迎えてね。今年から嘱託として古巣の文芸部に戻るんだ。」
急に彼は襟を正すと私に深々とお辞儀をした。
「いつかねむり姫に会えたら、ずっと謝ろうと思っていたんだ。君の俳句を勝手に使って申し訳なかった。それとお礼も言いたかった。新聞社に就職して今日あるのも眠り姫のおかげだと思っている。ありがとう。」
盗作の件はともかく、それをきっかけに新聞社でベテラン文芸員の地位を築けたのは紛れもなく彼の努力の結晶だ。私に感謝する必要はない。ひとつの職業を地道に勤め上げたことはそれだけでも称賛に価する。別れ際に握手をして散会した。
それにしても人の記憶というものは実に曖昧模糊としている。一方はずっと一枚の葉書きを忘れずに持ち、一方は書いたことも忘れている。同窓会の最中もいろんな人に声をかけられ思い出話を調子を合わせて聞いていたが私の記憶にないことばかりだったし、彼ら彼女らの名前と顔が一致した人は全体の三割程度だったから甚だ申し訳ない。
中学時代、私は勉強も運動も秀でたものが無く、生徒会で書記を務めたことがある程度でさほど目立った存在ではなかったはずだ。しかし他人の視点からは違って見えていたのかもしれない、ということを発見しただけでも今回参加した意義があったと思う。皆さんも、もし機会があれば万障繰り合わせて同窓会に出席されることをお勧めする。
👑ねむり姫👑 2024.1.12
鬢白き 友と正月 笑い初め