この夏、演劇界においてちょっとした旋風を巻き起こした舞台がある。西野 亮廣 (にしの あきひろ)氏作・演出、宮迫博之(みやさこ ひろゆき)氏主演で7月29・30日の限定二日間だけ上演された「テイラー・バートン」がそれである。会場は鶯谷駅よりほど近い「東京キネマ俱楽部」という劇場で1970年代まで隆盛を誇ったグランドキャバレーがその前身である。この東京キネマ俱楽部については私の拙記事「猥雑な町の聖夜」↓でも紹介しているので、そちらも併せてお読みいただきたい。
この舞台「テイラー・バートン」が成功した理由は私は大きく三つあると思う。
①脚本の面白さとテンポの良い演出
まだオンライン配信期間中なので粗筋を書くことは控えるが、「テイラー・バートン」はリチャード・バートンがエリザベス・テイラーの40回目の誕生日を記念して贈った研磨済みダイヤモンドである。両者の名前を取ってこの名称で呼ばれる。舞台はこのダイヤモンドをめぐって繰り広げられるコメディ仕立てのミステリーで、西野氏の脚本と演出が秀逸であった。
そもそも西野氏は脚本を書くにあたって、最初から宮迫氏の主演を念頭に置いて筆を進めている。ふたりともお笑い芸人として長年のキャリアがあり、特に宮迫氏はドラマや映画や舞台の出演経験も豊富である。人を笑わせたり楽しませるという一番難しい分野において宮迫氏は本領を発揮した。特に彼の連発するアドリブに共演者たちが耐え切れず笑いを必死にこらえている姿がこちらから観ていても可笑しくて可笑しくて、お隣の席の方と肩が触れ合うほど身体をゆすって大いに笑わせてもらった。それはそれはとても幸福な時間であった。
②宣伝広告費をかけずに話題を作る
西野氏は自身のSNSはもちろん、宮迫氏のYouTubeチャンネルも駆使し、制作過程から舞台裏などを時系列で見せることによって視聴者に強い興味を持たせることに成功した。最初から7月29日・30日の二日間しか上演しないことを明らかにし、一般チケットに先駆けてまずオンライン配信チケット(\3,500)から売り出したのである。さらに西野氏は予算会議の様子を録画して、なんとこちらも500円でオンライン配信チケットを販売した。このことも各方面の経営者や劇団運営者の間で大きな話題となった。
③「やりがい搾取」と言われてきた舞台の収益化に挑む
上記で先行して得たオンライン配信チケットの代金は役者さんたちの稽古期間中のギャラに充てるということを西野氏は当初から公言していた。通常、上演期間と同じか、それ以上に長い稽古期間中、役者さんたちにはギャラが支払われない。つまり拘束期間が長いわりには手取り収入が低いため、舞台を中心に仕事をしている人たちのほとんどがアルバイトを掛け持ちしているという現状がある。スポンサーに頼らずチケット代だけで予算を作り関係者の生活が成り立つ仕組みを、この「テイラーバートン」を実験場として確立させたい、というのが西野氏の目論見であった。
以上が大雑把に私が考えたこの舞台の勝因であるが、他にも様々な工夫がある。その一つが観客席のチケット代の価格設定だ。一般チケット代は下は3,500円から上は7万円と幅が広い。2千人以上収容可能な劇場なら座席によって価格帯に多少の差があるのは当たり前だ。しかし元グランドキャバレーという特殊な箱において、しかも300人以下の収容人数でこれだけ価格差のあるチケット代は、実際のところ観客にどう受け取られるのだろうか、と私は懸念していた。が、果たしてチケットは価格が高いほうから順に完売した。
西野氏曰く、『ジャンボジェット機はすべての座席をエコノミークラスに合わせてチケット代を設定すると赤字でフライトできない。ファーストクラスがあってビジネスクラスがあって、初めてエコノミークラスの乗客が安い価格で乗ることができる。それと同じ発想です。』 なるほど私も40年前、学生時代初めて歌舞伎座に行ったときに500円の幕見席に救われた。3階の一番奥で他の客席と出入口も別だったが、ドレスコードも無くジーンズで気軽に芝居を観に行くことができて貧乏学生としてはとても有難かった。
オンライン配信のための撮影も工夫が凝らされていた。他の芝居の配信も観たことがあるが、舞台全体を映すために「引き」で撮影すると、実際に最後列の観客席で観たときより遠く感じることが多々ある。今回は「テイラー・バートン」を撮影するために10台のカメラが設置された。通常、観客から観て正面に舞台があるため役者の動きは横移動が多くなるが、「テイラー・バートン」は舞台セットを観客が横からも観られるようにしたため役者が縦移動もできるようになった。その結果「引き」でも「寄り」でも役者の動きが生き生きとカメラに捉えられ、オンライン配信は本舞台とはまた違った要素を楽しむことが可能になった。
オンライン配信チケットは8月1日時点で7,000枚ほど売れている。9月30日の配信終了日まで、おそらく1万枚は超えるであろう。驚いたのは自分がチケットを買って他の人にプレゼントするギフト購入もできることだ。行かなかったけど興味があるという友人がいたら是非プレゼントしたい。かく言う私も実際に舞台を観に行ったにもかかわらずオンライン配信チケットも買ってしまった。改めて配信で観てみると新しい発見があって二度美味しい。😊 チケットは以下のサイトより購入が可能である。
1980代後半から1990年代にかけて日本は小劇場ブームであった。毎月のように下北沢に通っていた頃が懐かしい。コロナ禍における行動制限が無くなった今、またぞろお芝居を観に出かけるのも悪くなかろう。「テイラー・バートン」を観た夜は幸せをかみしめながら帰途につくことができた。楽しい「真夏の夜の夢」を与えてくださった舞台関係者皆様に心より感謝申し上げる。
👑ねむり姫👑
2023.8.17