老舗百貨店のクレジットカードを解約した日

老舗百貨店のクレジットカードを解約した日

ねむり姫の老い支度・クレジットカード編

2023/11/21

30年間使っていた日本橋のとある老舗百貨店のクレジットカードを解約した。理由はここ5年くらい何も買い物をしなかったので使う機会が無かったからだ。特にコロナ禍においては百貨店をそもそも訪ねることすらしなかった。

子供の頃から百貨店が大好きだった。私は中部地方のとある都市の出身だが、そこにも老舗の百貨店があった。祖母が買い物に行くときは私が荷物持ちをするのだが、百貨店に行くときは率先してその役を買ってでた。
まず仰々しいエレベーターが大好きだった。現在のように一枚扉ではなく網のかかった金属の格子戸があり、その奥に本体の扉があった。チ~ンと音が鳴るとまずガシャンと音を立てて金属の扉が先に開く。その奥の漆塗りに金箔を散りばめた本体の扉がゆっくりと開くとベレー帽を斜に被った女性が深々とお辞儀をしている。昔の百貨店にはエレベーターガールがいたのだ。彼女たちは洒落た制服を着て皆美人だったが一年もしないうちに辞めていく。顧客から見初められて「是非うちの息子のお嫁さんに」と、百貨店の役員などを通して縁談が次々と決まっていくからだ。百貨店側が得意先リストから身元調査をして紹介するので、それなりのお相手なのだろう。地元では玉の輿に乗る最短コースとして人気の花形職業だった。
祖母は私に何か買ってくれたりはしなかったが、機嫌がよければ食堂でお子様ランチを頼んでくれた。チキンライスに刺さっている小さな日の丸をそっと抜いて大事に洋服のポッケに入れて持ち帰るのだ。隣の席の子の注文したプリンアラモードやクリームソーダも食べてみたかったけれど、祖母は厳格な人で他人の物を羨ましがる人間をひどく軽蔑したので、とても言い出せる雰囲気ではなかった。隣の席をばれないようにちらちら見ながら黙って自分の食事をした。



上京したばかりの1980年代の後半にもエレベーターガールはまだしばらくいたように記憶している。びっくりしたのは私の出身地方と比べて東京のエレベーターガールは一段と洗練されて,お人形さんのようにスタイル抜群で美しかったことだ。
今はほとんど無くなってしまったが大体の百貨店の屋上には幼児のためのちょっとしたミニ遊園施設があった。私の息子が小さかった頃は百貨店に連れて行くときはいつも屋上で遊ばせていた。ミニメリーゴーランドやミニ機関車など、100円から300円くらいで乗れる乗り物がいくつか設置されていた。
「ねえ、まだお金ある?」
と心配そうに私の小銭入れを覗き込む息子の顔が思い出される。
ああいう施設が今でもあれば孫たちを気軽に遊ばせられるのにと思うが最近では子供の数も減り、「呼び物」としての採算も合わなくなってしまったのだろう。残念だが仕方がない。

今年の秋口、日本橋に映画を観に行くついでに久しぶりに百貨店に寄ってみた。一見変わらぬ佇まいを見せるが何故か全てが色褪せて見える。人気のブランド品売り場は外国の観光客の方で賑わってはいるが平場の売り場は人もまばらで店員たちはおしゃべりをしている。化粧室はよく清掃されているが故障している個室が多く設備の古さが目に付く。水回りの修理は特にお金がかかるので大変なのだろう。特に買いたい物もなく食堂に行ってみると、昼時をはずしたのに1時間待ちと言われる。人手不足で回らないらしい。諦めて帰途につく。
洋服であれ贈答品であれ、もう百貨店でなければ買えぬという物は無い。かつては老舗の信用と行き届いたサービスを買いに行っていたのだ。エレベーターガールも屋上の遊園施設も清潔で高級感のある化粧室も、買い物客に「今日は特別だ」と思わせる演出の一環だったのだと今更ながら気づかされた。
30年使ったクレジットカードは電話一本しかも自動音声案内で簡単に解約できた。迷うほどのことでもなかった。元気なうちに些細な事でも整理しておくことは「老い支度」において大切なことだ。30年間、楽しく買い物をさせてくれた老舗百貨店には感謝しかない。また生まれ変わった新たな姿でお目にかかれる日が来ることを楽しみにしている。
👑眠り姫👑 2023.11.21


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